2014年2月13日木曜日

11.ルタ(ऋतम् [r̥tam])- 真実

ऋतम् 
[r̥tam] 

neuter - 真実


この言葉には様々な意味がありますが、

ヴェーダーンタ・シャーストラ(文献)で使われている意味を見てみましょう。



「ऋतम् [r̥tam] - ルタ」と聞いてまず思い出すのが、

タイッティリーヤ・ウパニシャッドの最初の章のシャーンティ・パータです

あの有名な、शं नो मित्रं शं वरुणः... śaṃ no mitraṃ śaṃ varuṇaḥ... というマントラです。

このシャーンティ・パータの中で、

ऋतं वदिष्यामि । ṛtaṃ vadiṣyāmi |
「私は真実(ルタ)を話します」

と出てきます。そして、間髪をいれずに、

सत्यं वदिष्यामि ।satyaṃ vadiṣyāmi |
「私は真実(サッティヤ)を話します」

と続きます。

ルタ(ऋतम् [r̥tam] )と サッティヤ(सत्यम् [satyam])は両方とも

「真実」という意味です。

同じ意味の言葉が同時に使われている場合は、

双方の意味の違いを探さなくてはなりません。

これは、文献を読む伝統の中のテクニックのひとつです。

意味の違いは、下でゆっくり見ていきます。

वदिष्यामि [vadiṣyāmi] は「(私は)話します」という意味なので、

合わせてると、どちらも「私は真実を話します」になります。

しかし、マントラの前の行から「त्वाम् [tvām] あなた(ブランマン)」が降りてくるので、

「私は、あなたである真実を話します」となります。

それってどういう意味なのでしょうか?

言葉を一つずつ見て行きましょう。


真実のステップ1 裏を取る


ここでの真実、ऋतम् [r̥tam] (ルタ)は、

特に「何をすべきか」「何を言うべきか」に関して、

自分が正しいと思っているだけではなく、文献や伝統を参考にして、

しっかり正しい事を確認するステップを踏んだ真実です。

人間は無知を持って生まれてくる訳ですから、

自分が正しいと思っていることが間違っていても当然なのです。

そこを、面倒くさがらずに、頼れる情報源に頼り、自分でもしっかり思考して、

きっちり責任を持って「正しい」と言える真実です。


インテレクチュアル・レージネス(思考のだらしなさ)を捨てる


「私は、あなたである真実(ルタ)を話します」とは、

「だらしない考え」を持たない、と言う誓いです。


物理的にだらしない人はあまりいません。

みんな、朝から晩まで、いろんな事に走り回りながら「時間が無い」と言っています。

しかし、なぜそんなに忙しいのか、しっかり考える事を人はしません。

「幸せになりたい」事と、「忙しく走り回る」事との関係を深く検証しないのは、

「思考的だらしなさ」です。


サットサンガ(サポートシステム)があってこそ


何をするべきか、するべきでないか、何を言うべきか、何を言うべきでないか、

それらをはっきりさせるには、様々なサポートシステムが必要です。

サポートシステムとは、

正しい考えに導いてくれる人が周りにいること。

サンスクリット語で「サット(善い人達の)・サンガ(集まり)」です。


グレース(恩恵、幸運)があってこそ


ヴェーダなどの文献は、それらをはっきりさせるための文献ですが、

その文献の理解ににアクセスがあること。

正しい考えが出来る、執着や嫌悪から自由な、客観的理論的な思考が持てること。

これらを持つには、多大なグレース(幸運さ)が必要です。

無知を持って生まれた自分独りではどうにもなりません。

「助けが必要」と認めた時初めて、「助けを受け取る」事が出来るのです。

何をするべきか、何が正しいのか、何が真実なのか、

の正しい理解は、全てがうまくアレンジされてこそなのです。

だから、全てがうまくいくように、全てであるあなた(ブランマン)が、

全てを私の為にうまくアレンジして下さい。=(イコール)グレースを与えてください。


グレースは何処にでもある。それを受ける態勢に自分がなっているか?


バガヴァーン(=ブランマン)は、全てなので、

24時間何処にいても、サポートが受けられます。

その24時間365日のサポートを受け取る準備が自分に出来ているでしょうか?

祈りは、助けを受け取る準備を、自分の中で整えてくれます。

この祈りが「私は、あなたである真実(ルタ)を話します」に含まれているのです。

「思考的だらしなさ」を克服し、正しく考える習慣を持つ事が、

ゆくゆくは、人生の意味を見抜く事につながるのです。


真実のステップ2 話す。


考えや理解のレベルでの真実が「ऋतम् [r̥tam](ルタ)」である時、

それを言動に移すのが「सत्यम् [satyam] (サッティヤ)」です。

自分が何をすべきかについて、正しい理解が持てる事、

そして、それを言葉や行動に移せる事、

そのためのグレース(幸運さ)への祈りが、

このタイッティリーヤのシャーンティ・パタにこめられているのです。


== ऋतम् [r̥tam] - ルタ が使われている文献 ==

カタ・ウパニシャッド 1・3・1

ऋतं पिबन्तौ सुकृतस्य लोके ...
ṛtaṃ pibantau sukṛtasya loke ...

ここでの意味も、ऋतम् [r̥tam] = सत्यम् [satyam] (サッティヤ)ですが、

「必ず実を結ぶ」という意味で、カルマの結果を指しています。
(シャンカラ・バーシャ:ऋतं सत्यम् अवश्यंभावित्वात् कर्मफलं पिबन्तौ।)

カルマの結果とは、つまるところ、

自分の身体や心理も含めた、この宇宙の現在過去未来の全てです。

タイッティリーヤの中で「ऋतम् [r̥tam](ルタ)」と呼ばれている

ブランマンが全てである事と、ここで繋がっているのです。








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