2014年2月9日日曜日

7.イーシャ(ईशः [īśaḥ])- 統治者

ईशः
[īśaḥ]


masculine - 統治者




イーシャの語源



「司る、治める、権力を持つ」という意味を持つサンスクリット語の動詞の原形、

「イーシュ(ईश् [īś])」から派生した名詞です。

「イーシュ」(司る)に、「ア」(~する者)という接尾語が付いて、

「イーシャ(ईश [īśa])」「司る者」という名詞の出来上がりです。

(パーニニ・スートラ 3.1.135 のルールに拠る)


イーシャとは


全世界、全宇宙を統治しているのが、イーシャ(ईशः [īśaḥ])です。

「全ての統治者、全てを司る者」と言われると、

「私は統治されてるの?私は彼に仕えてる訳ですか?」

と理不尽な上下関係のように思ってしまうかも知れません。

上司や、義父母や、その他の権力者から理不尽な服従を、

日頃から十分強いられているんですが!


イーシャの意味を教えるヴェーダ聖典


インド文化の源であるヴェーダは、 イーシャという言葉から、

私達に何を伝えようとしているのでしょうか。



全ての法則という形で、私達に見える統治者


手に持っているリンゴを、手から離すと、

重力の法則に従って、

リンゴは地球の中心の方へ落ちていきます。

両方の手のひらを、勢い良く同じ場所に持っていくと、

物理の法則に従って音がなります。

リンゴの落下、拍手の音、これらが「結果」です。


結果を出しているのは誰か?


物理の法則や、生物学の法則など、あらゆる法則の形として

結果を出すのがイーシャの仕事です。

「私が落とした」「私が鳴らした」と思っているけれども、

結果を出したのは、全宇宙の原因と結果のネットワークを司っている、

イーシャの仕事なんですね。


自由意志


では、どこからどこまでが私の仕事なのでしょうか?

自由意志を使って、「これをこうする/しない」と決めるところまでです。

あとは委ねてしまって、結果をグレースフル(優雅)に受け止めるだけです。

自分の自由意志も、結局は過去の結果に縛られている訳だから、

自由意志を使ってるとは言えないのでは?

もちろんそうです。意志が使える範囲は、自分では決められません。

しかし、”あたかも”であっても、意志は自分が自由に使えるように出来ているのです。

自由意志は私達が使う為にあるのです。

「自由意志なんて本当は無いんだから、

自分でもう何も決めな~い」と自堕落になるのはお馬鹿さんですね。

与えられた状況把握力と判断力をもって、

ベスト・オブ・ナレッジ(状況下で出来る限り)で、

自由意志を誠実に使いこなす事以外に、

私達がする事は無いのです。




因果関係の絶対確実性 - だから安心して委ねられる


今までに見たように、イーシャとは、

「全宇宙の原因と結果のネットワークを司っている者」の事です。

という事はつまり、イーシャとは、

「全宇宙の原因と結果のネットワークそのもの」の事です。

つまり、この宇宙の全ての、全ての時間の、全ての知識です。

全ての知識でなければ、私達みたいに、「うっかり」間違いをしてしまいます。

全ての統治者である「イーシャ」とは、

ここにあるもの全てのそのものを指しているので、

その統治は「infallible(絶対的確実性)」なのです。

寸分の狂いも無く、確実に結果を出す(infallible)「イーシャ」を、

物理や生理や心理などの法則として、

自分の中にも、他人の中にも認識する時、

そこには本当の意味でのリラックスがあります。

この認識が「ナマハ(नमः [namaḥ] )」なのです。

「イーシャーヤ・ナマハ」


「イーシャ」の意味を知れば知るほど、

この宇宙の動きの全てに浸透している「絶対的確実性」が見えてきて、

それに委ねて、それに安心して、

あらゆる宇宙の動きに対して、感謝と、祈りが生まれるのです。





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ヴェーダーンタを勉強する上で、絶対はずせない言葉。

ゆっくり勉強しながら、ヨーガの生活を生きながら、
意味の理解を深めていきましょう。

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