ईश्वरः
[īśvaraḥ]
正しい伝統のもとでヴェーダーンタを勉強していると、
必ず聞く言葉、「イーシュワラ」。
普通に生きている人生において、必ず知っておきたい言葉であり、
自分の人生を生きながら、理解を深めて行くための言葉です。
なぜなら、イーシュワラの理解は、客観性、寛大で平穏な心をもたらしてくれるからです。
そんな心は、執着や葛藤、不安、憎しみ、後悔からどんどん自由になります。
そしてさらに客観性を増し、心の豊かさを増し、人生の意味がどんどん明らかになります。
そんな心はイーシュワラをより深く理解している心、もしくは知能といえます。
上の見出しにある意味にはいくつありますが、
A. 統治する者、権力者 は文法的解釈。これは下で説明しますね。
B. 神 は一般的・宗教的解釈。
C. 宇宙の現象の全て は正しく理解するための手助けの言葉、です。
なんか、ばらばらのようで、ひとつのようで、、。
ゆっくり意味を見ていきましょう。
B.「神」というと、信じる対象、つまり、信じたり信じなかったりすることが出来る対象です。
そして、今ここに居る自分とは違う場所、違う次元に居る感じがします。
C.「宇宙の現象の全て」とは、全てですから、今ここにいる私の体や心、
その生理学的、心理学的機構も全部含まれているのですよ。
もちろん、現在、過去、未来という全ての時間軸内、さらに全ての空間で、
起きている事、起こり得る事、全てです。
さらに、時間軸と空間軸に存在を与えている、全てを支えている、ボスです。
全てなのですから、さっきの神様のように、別の場所や次元で下を覗きこみながら、
私のことを嘲り笑っているわけにはいきません。
ということは、つまり、「全て=イーシュワラ」なのですから、
ここに在るもの全て、私の苦痛も、その原因も、将来の不安も、
都合の良いことも悪いことも、全てがイーシュワラなのです。
宇宙の創造のひとつとして、人間がうまく生きる為の智恵を教えるのが、
インドにある聖典、ヴェーダです。
何を教えているのかというと、全てはイーシュワラなのだ、と理解出来る為の、
心、もしくは知能を育む生活規範や文化を教えてくれているのです。
インドに生まれなくても、少しの自然科学の知識、常識、客観性を持っていたら、
自分は何を求めて、こんなに駆けずり回っているのだろうか?という疑問を持ち、
求めている自分=小さな自分、自分を圧迫している巨大な宇宙と時間、
それらはつまり、全部イーシュワラ、、と考えることを始められます。
イーシュワラについて教えているのはヴェーダだけです。
イーシュワラを少しずつ理解することによって、さらに客観性と心の豊かさを広げ、
本当の意味で「大人」、大きな人、つまり大きな心を持った人、に成長を続けるのです。
そんな人の心の中には平和あり、平和な心には幸せの意味の真実が見えるのです。
ヴェーダは全てサンスクリット語です。
ヴェーダの教えの伝統も、サンスクリット語を通して引き継がれています。
サンスクリット語を皆に分かりやすく紐解きながら、
イーシュワラの理解を、皆と共に深めていけますように。
サンスクリット語の文法にご興味がある方に。
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宇宙の法則に、安心して委ねられる為の智慧、
イーシャーヤ、ナマハ。
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水という意味のサンスクリット語。
水の神様、お風呂に入るときのマントラなど。
[īśvaraḥ]
masculine - 統治する者、権力者、神、宇宙の現象の全て
人生を豊かにしてくれる言葉とその知識
正しい伝統のもとでヴェーダーンタを勉強していると、
必ず聞く言葉、「イーシュワラ」。
普通に生きている人生において、必ず知っておきたい言葉であり、
自分の人生を生きながら、理解を深めて行くための言葉です。
なぜなら、イーシュワラの理解は、客観性、寛大で平穏な心をもたらしてくれるからです。
そんな心は、執着や葛藤、不安、憎しみ、後悔からどんどん自由になります。
そしてさらに客観性を増し、心の豊かさを増し、人生の意味がどんどん明らかになります。
そんな心はイーシュワラをより深く理解している心、もしくは知能といえます。
イーシュワラの意味を考える
A. 統治する者、権力者 は文法的解釈。これは下で説明しますね。
B. 神 は一般的・宗教的解釈。
C. 宇宙の現象の全て は正しく理解するための手助けの言葉、です。
なんか、ばらばらのようで、ひとつのようで、、。
ゆっくり意味を見ていきましょう。
B.「神」というと、信じる対象、つまり、信じたり信じなかったりすることが出来る対象です。
そして、今ここに居る自分とは違う場所、違う次元に居る感じがします。
C.「宇宙の現象の全て」とは、全てですから、今ここにいる私の体や心、
その生理学的、心理学的機構も全部含まれているのですよ。
もちろん、現在、過去、未来という全ての時間軸内、さらに全ての空間で、
起きている事、起こり得る事、全てです。
さらに、時間軸と空間軸に存在を与えている、全てを支えている、ボスです。
全てなのですから、さっきの神様のように、別の場所や次元で下を覗きこみながら、
私のことを嘲り笑っているわけにはいきません。
ということは、つまり、「全て=イーシュワラ」なのですから、
ここに在るもの全て、私の苦痛も、その原因も、将来の不安も、
都合の良いことも悪いことも、全てがイーシュワラなのです。
幸福の追求の為に必要な知識、それを教えてくれる聖典ヴェーダ
宇宙の創造のひとつとして、人間がうまく生きる為の智恵を教えるのが、
インドにある聖典、ヴェーダです。
何を教えているのかというと、全てはイーシュワラなのだ、と理解出来る為の、
心、もしくは知能を育む生活規範や文化を教えてくれているのです。
インドに生まれなくても、少しの自然科学の知識、常識、客観性を持っていたら、
自分は何を求めて、こんなに駆けずり回っているのだろうか?という疑問を持ち、
求めている自分=小さな自分、自分を圧迫している巨大な宇宙と時間、
それらはつまり、全部イーシュワラ、、と考えることを始められます。
イーシュワラについて教えているのはヴェーダだけです。
イーシュワラを少しずつ理解することによって、さらに客観性と心の豊かさを広げ、
本当の意味で「大人」、大きな人、つまり大きな心を持った人、に成長を続けるのです。
そんな人の心の中には平和あり、平和な心には幸せの意味の真実が見えるのです。
ヴェーダは全てサンスクリット語です。
ヴェーダの教えの伝統も、サンスクリット語を通して引き継がれています。
サンスクリット語を皆に分かりやすく紐解きながら、
イーシュワラの理解を、皆と共に深めていけますように。
イーシュワラの文法的解釈
サンスクリット語の文法にご興味がある方に。
前回のईशः [īśaḥ] と同じ意味です。
ईश् [īś] (司る、治める、権力を持つ)
というサンスクリット語の動詞の原形に、
前回は、अ [a] (~する者)という接尾語を付けましたが、
今回は、वर [vara](~する者)という接尾語を付けます。
(パーニニ・スートラ 3.2.175 のルールに拠る)
ईश् [īś](司る) + वर [vara](者) = ईश्वर [īśvara](司る者)
ですね。
このवर [vara]という接尾語は、「~する者」という意味の上に、
更に、
意味1.いつも~している人
意味2.もともと、~するようになっている人
意味3.~をするのが上手な人
という意味が重ねられています。
イーシュワラの統治とは、どういう意味のつながりで?
365日24時間、常に1秒も休まずに、
地球を回転させ、潮を満ち干させ、常温動物の体温を一定に保ち、
地球上にある物全てを、ふわふわ浮かないように地上に留めさせ、
カルマの法則によって、誰かを恋に落としたり、泣かしたり、
物理や生理や心理などのあらゆる法則の形で、
いつも統治しているのが「イーシュワラ」です。(意味1)
そうする事が、イーシュワラの当然で自然な在り方なのです。(意味2)
慣れないのにいやいや統治しているわけではありません。
イーシュワラの在り方自体が、様々な法則なので、
間違ったりする可能性はありません。
イーシュワラは統治が上手なのです。(意味3)
== イーシュワラ(ईश्वरः [īśvaraḥ])が使われている文献 ==
バガヴァッド・ギーター18章61節
ईश्वरः सर्वभूतानां हृद्देशेऽर्जुन तिष्ठति ।
īśvaraḥ sarvabhūtānāṃ hṛddeśe'rjuna tiṣṭhati |
イーシュワラは、全ての生き物の心において、
(意識という形で)常にあります。
भ्रामयन् सर्वभूतानि यन्त्रारूढानि मायया ॥
bhrāmayan sarvabhūtāni yantrārūḍhāni māyayā ||
現象という形で混乱させて、
全ての生き物を、機械仕掛けのように動かし続けます。
ダクシナムールティ・ストートラム
ईश्वरो गुरुरात्मेति मूर्तिभेदविभागिने ।
īśvaro gururātmeti mūrtibhedavibhāgine |
イーシュワラ、先生、私、という様に、
別々の形であるかの様にで分け隔てる者、
व्योमवद् व्याप्तदेहाय दक्षिणामूर्तये नमः॥
vyomavad vyāptadehāya dakṣiṇāmūrtaye namaḥ||
空間の様に、全てに浸透し行き渡っている者、
そのダクシナムールティへ、この敬服を示します。
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宇宙の法則に、安心して委ねられる為の智慧、
イーシャーヤ、ナマハ。
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水という意味のサンスクリット語。
水の神様、お風呂に入るときのマントラなど。