日本ではどうか知りませんが、
インドではこのマントラ、食事の前にチャンティングするものだ、
と一般的に認識されています。
伝統的なアシュラム生活しか知らない人には驚愕の事実ですが!
もちろん、このマントラは、食事の前にチャンティングされるべきものではありません。
ヤジュルヴェーダのウパニシャッドの前にチャンティングされる、
勉強の前のシャーンティ・パータ(平和を願う祈り)です。
なぜ、食事の前にチャンティングされる、という間違った認識が広まったのか?
「ブナクトゥ」の意味
ブナクトゥ(भुनक्तु [bhunaktu])は、
ブジ(भुज् [bhuj])という動詞の原型の、三人称・単数・命令形で、
「守ってください、守りますように」という意味です。
この「ブジ(भुज् [bhuj])」という動詞の原型(ダートゥと呼ばれます)の意味は、
パーニニのダートゥ・パータ(動詞の原型のリスト)によると、
「पालनाभ्यवहारयोः (守ること、食べ物の摂取、という意味において)」
と2500年前にパーニニ自身によって定義されています。
(守ることと食べること、両方の意味があるのに、
なぜここでは「守ること」という意味なのか?
その答えは下の方に、スートラと共に紹介しています。 )
マントラの意味
स ह नौ भुनक्तु (サ ハ ナウ ブナクトゥ)という文章を、
一語ずつ見ていくと、、、
सः 1/1 = 「パラメーシュヴァラपरमेश्वरः (全てを司っているこの宇宙の在り方)が、」
三人称・単数の主語になっていて、「守りますように」という動詞と呼応しています。
何でいきなりパラメーシュヴァラ?と思うかもしれませんが、
1/1の1は、प्रथमपुरुषः (一番目にある、話す題材)を表している動詞と呼応しています。
サンスクリット語の文法では、三人称が最初に来るのです。
話す題材がまずありきで、話す価値のあるものが最初に来るのです。
話し手(I、私)は最後に来ます。
I、I、I、(私、私、私、、、)と私が一番に来る西洋的考えとは真逆なのですね。
ह 0 = 強調の意味(indeed)です。
नौ 2/2 = 「私達(先生と生徒)を」
2/2の最初の2は目的語を表し、次の2は二人を表しています。
भुनक्तु III/1 = 「守りますように」
何でインド人の多くは勘違いしているのか?
先述のように、「サンスクリット語をちゃんと勉強していないから」、です。
インドで広く使われているヒンディー語は、サンスクリット語がベースになっていて、
ちょうど、日本語の古文と現代語のような関係です。
ゆえに、純粋なヒンディー語の語彙のほぼ全てはサンスクリット語から派生しています。
(純粋でないヒンディー語とはつまり西側のウルドゥ語由来を指します。)
しかし、もともとの意味から転じて、、ということが起こり、
同じような言葉でも、サンスクリット語の意味とヒンディー語の意味では、
ほぼ同じ、ちょっと違う、全然違う、といったバラエティーが生まれて、
結局ややこしくなっているのが現状です。
インド人を含む世界中の人にサンスクリット語を教えていて思うのは、
ヒンディーの人よりも、何も知らない日本人とかの外国人に教える方が、
教えやすいです。。。
話は「ブジ(भुज् [bhuj])」に戻って、このダートゥ、ヒンディー語圏では、
「守る」という意味よりも、断然「食べる」という意味で広く知られています。
食べることとか食べ物のことを、「ボージャン」とか言いますね。
ゆえに、「サ ハ ナウ ブナクトゥ」と聞いたら、
ヒンディー語圏の人なら直感的に「レッツ・イート!」とか思っちゃうんでしょうね。
三人称単数とか、「私達を」という目的語とか、文脈はどうすんの?なのですが。。。
何で「守る」と言えるのか?
でもでも、「ブジ(भुज् [bhuj])」の意味には、「守る」と「食べる」の両方の意味があるのだから、
このマントラの中で、どうやって、「守る」という意味だということが出来るの?
「食べる」という意味でもいいんじゃない?
という疑問には、答えとしてパーニニ・スートラをひとつ。
1.3.66 भुजोऽवनवे । ~ आत्मनेपदम्
このスートラの意味は、
”「ブジ(भुज् [bhuj])」を「守る」以外の意味で使う時には、
動詞につく接尾語は、アートマネーパダ(タイプA)を使うこと。”
です。
ブナクトゥ(भुनक्तु [bhunaktu])の接尾語は、
バリバリのパラスマイパダ(タイプP)なので、
意味は、「守る」に限定されます。
追記:
その前のअवतु と意味が重なるので、
मिणिप्रभाというコメンタリーにもあるように、भुनक्तुを、रक्षतु भोजयतु として、
अन्तर्भावितणिच् + परस्मैपद という2重にछान्दस という捻りを入れて、
nourish us という形で守ってください、と解釈する方法が一般的です。
しかし、その場合でも、「守る」という意味でとらなければならない、
というのが前提です。
さらに、このマントラは、勉強の前のマントラであって、食べる為のものではなく、
भुज् が聞こえたからって、食事の前に持ってくるのは、ストレッチし過ぎ、
というのがポイントです。。。
日本で普及しているサハヴァーヴァヴァトゥの注意点
まず、サハナーヴァヴァトゥのマントラは、ヴェーダのマントラなので、
伝統に従った正しいスヴァラ(音の高低)でチャンティングされるべきものです。
インドや日本の一般にヨガ界隈で広まっている、
間違ったスヴァラでチャンティングすると、
正しい意味を知っていたとしても、不本意な結果を招くことになります。
触らぬ神に祟りなし、です。避けるようにしましょう。
某有名なインドの文化を紹介している日本語のサイトでも、
サハナーヴァヴァトゥのマントラの意味解説と共に、
思いっきり滅茶苦茶なスヴァラのマントラのYoutubeビデオのリンクがありました。。。
災いを招きかねないので、ヴェーダの価値観に沿った生活をしていない人、
特に肉を食べたりお酒を飲んでいる人が、ヴェーダのマントラをチャンティングするのは危険です。
関連記事:
52.マントラ(मन्त्रः [mantraḥ])- マントラ、ヴェーダの言葉
ガーヤットリー・マントラとは
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