2014年8月29日金曜日

31.クータスタ(कूटस्थः [kūṭasthaḥ])- 不動の、不変の

कूटस्थ
 [kūṭastha]

adjective - 不動の、不変の




クータスタの語源


文法的に説明すると:

कूट [kūṭa] (クータ)という名詞に、

स्था [sthā] (スター)という動詞の原型が組み合わさった、

複合語(サマーサ)が、「クータスタ(कूटस्थ [kūṭastha])」です。


स्था [sthā] (スター)は、to stay, to stand という意味の動詞の原形です。

英語の音と良く似ていますね。

ラテン語などのヨーロッパの言語と、サンスクリット語を比べると、

類似している言葉が沢山あります。

ヨーロッパの西端から、朝鮮半島そして日本までは、殆ど陸続きなので、

交易商の流通と共に、文化や哲学、様々な学問、史記(噂話?)が

東西に往来しているのも当然です。


クータスタの2つの意味


この「クータスタ(कूटस्थ [kūṭastha])」という複合語には、

2種類の展開が、バガヴァッド・ギーターのシャンカラーチャーリアの

コメンタリー(バーシャ)の中でされています。(12章3節)



1つ目の意味:マーヤーの中の存在


1.कूटे तिष्ठति । kūṭe tiṣṭhati |

कूट [kūṭa]  = 騙すもの、マーヤー、この世の現象の原因。

その中に、तिष्ठति [tiṣṭhati]  存在しているもの。

どのようにして存在しているのか?間借りしている居候のように存在しているのか?

いいえ。そのकूट [kūṭa] と呼ばれる、この世の現象の原因に、

存在を与えているもの、司っているもの、それが「कूटस्थः [kūṭasthaḥ] (クータスタ)」です。

時間的にも空間的にも果てしない、この変わり続ける宇宙の中で、

どれだけ見回しても、何一つ「これ」と名指す事の出来る、絶対的な存在はありません。

なぜなら、一瞬も留まる事無く変化し続けているからです。

この変化し続ける現象の原因が、マーヤー、あるいはクータです。

それに存在を与えているもの。

宇宙は「在る」と言えます。目の前のコンピューターも「在る」。

私もここに「在る」。

ブッディスト(仏教学者、禅学者)のように、「無い」とは言わせませんよ。

だって、「無い」と言っているあなたが「在る」でしょう。

「在るかな、無いかな、うーん、分からない」と言う人も、まずその人が存在して、

初めて、在るとか無いとか分からないとか言えるのです。

どこに在るのか聞かれたら、今ここに居る私、この意識として存在するのです。

存在を疑うにしても、この意識的存在を無しにしては、疑えないでしょう。

サット(存在)=(イコール)チット(意識)なのです。

これ以上簡単なことはありません。

今そこに居る、私、という意識的存在。これを見つけるのに瞑想も何も要りません。

そしてこの、今ここにいる私、という意識的存在は、絶対的存在で、

全ての宇宙と言う、移り変わる相対的存在に、存在を与えているのです。

何を突然スケールのでかすぎる事を!と思うかもしれませんが、

よくよく考えると、これほどはっきりしていて、筋の通っている事実はありません。

茂木健一郎さんという科学者が、人生をかけて突き詰めようとしている

「クオリア」という物体(?)も、それを探求している人自身の本質なのです。

自分のおへそから出てくるいい匂いを探し続けて、

草原を四方八方に走り回り、疲れ果てて死に行く鹿。

という例えとして、インド哲学によく出てくるやつです。

是非、彼にも知っていただきたい。

話は戻って、この宇宙が「在る」と認めるなら、

その原因のマーヤーも「在る」と認めざるを得ない。

でも、それらは変わり行くものだから、それらだけでは存在してると言えない。

では、それらの存在はどこから借りているのか?

それが、クータ(マーヤー)の中で、存在を与えるものとして居る(スタ)もの。

つまり、「クータスタ(कूटस्थः [kūṭasthaḥ] )」であり、

それが、ブランマンであり、それは、私(アートマン)として理解されるのです。



2つ目の意味:山のように不動の存在



では、「クータスタ(कूटस्थः [kūṭasthaḥ] )」という言葉の2つ目の解釈。

2.कूटवत् तिष्ठति । kūṭavat tiṣṭhati |

ここでの「クータ」は、山のように大きく積み重なって動かないもの、

或いは、鉄を打つ時の、台のことも「クータ」と言います。

どちらにしても、「動かないもの」という意味です。

熱い鉄を打って、いろんな形のものが出来上がります。

そのプロセスの中で、形の変化する為の土台を与えているのが「クータ」なのです。

動かないもの、変わらないもの、という意味ですね。


カイラーサ山
= कूटस्थः [kūṭasthaḥ] - クータスタ の出て来る文献 =

バガヴァッド・ギーター12章3節

ये त्वक्षरमनिर्देशमव्यक्तं पर्युपासते ।
ye tvakṣaramanirdeśamavyaktaṃ paryupāsate |

सर्वत्रगमचिन्त्यं च कूटस्थमचलं ध्रुवम् ॥१२.३॥
sarvatragamacintyaṃ ca kūṭasthamacalaṃ dhruvam ||12.3||



永遠(ニッティヤ)の3つの意味



もうちょっと話をしますね。

永遠(ニッティヤ)という言葉には、3種類の使われ方があります。


1.アーペークシカ・ニッティヤ(आपेक्षिक-नित्यम् [āpekṣika-nityam])


相対的に長い時間。例えば1兆年とか。

「天国に行ったら、そこで楽しく快適に、永遠の時間を過ごせます。」

という時に使う「永遠」です。

気の遠くなるほど長い時間ですが、やっぱり時間の範囲内。

時間が経てば、1週間のハワイ旅行から会社へ帰ってくるのと同じように、

また人間の体の中に生まれてきて、せっせと徳と不徳を積む為に、一生汗をかくのです。


2.プラヴァーハ・ニッティヤ प्रवाह-नित्यम् [pravāha-nityam]


これは英語でperennial と呼ばれる、永遠です。

つまり、絶え間なく流れ続ける、変化し続ける、その時間の流れです。

例えるなら、川の流れのようなものです。枯れる事無く流れ続けるけど、

流れている水の形は、一瞬たりとて、同じではありません。変化をし続けています。

この宇宙の創造も、ビッグ・バンがあって、創造が続いて、

そしてビッグ・クランチとして現象が無くなった状態になり、

― つまり可能性の形、例えば種や卵のように ― 

また次のビッグ・バンの原因の形となるのです。

そうして、現れては、また見えなくなって、それがまた現れて、、、

と繰り返し続ける、永遠の時間を、プラヴァーハ・ニッティヤと言います。


3.クータスタ・ニッティヤ कूटस्थ-नित्यम् [kūṭastha-nityam]


絶対的な永遠のこと。

つまり、時間の範囲でない事。

時間の範囲でないものはどこに存在している?

時間を対象化している、主体のことです。

それってどこにあるの?

あなたです。

20年前とか、5年前とか、昨日とか、明日とか、

そんな時間と、時間にある事象を対象化し続けている主体。

それ自体は全く変わらない主体。

それが、永遠=timeless=時間の範囲外 = あなたなのです。

違う!とは言えないでしょう?




<< 前回の言葉 30. कुलम् [kulam] - クラ <<









Medhaみちかの関連サイト

  • 長寿の薬 - 今日はディーパーヴァリ。 テンプルのランゴーリは今期卒業生のあいちゃんの力作。 今朝はテンプルのプラサーダムも、ラッドゥーや揚げ菓子・ポン菓子など、スペシャルなアイテムでいっぱい。 早朝クラスなどで遅れてやって来た私の為に、テンプルのアンマジが取り置きしてくれたプラサーダムを包んでくれ、Happy diipa...
  • ガネーシャを思いだすティータイム - アシュラムの近くのリタイアメント・ホームから帰って来ました。 あちらでは、午後ティーは4時からと遅めでスナック付き。 今日はガネーシャの好きなモーダカ (米粉の生地の中にココナッツとジャガリーを入れて蒸した捧げもの)と、 パンチャームリタ、そしてカーリーチャナ(黒いひよこ豆)、 と何だかガネーシャのプージャ...
  • パーニニを勉強する際には、 - 必ずアシュターディヤーイー・スートラパータ(अष्टाध्यायीसूत्रपाठः)を 手元に置いて見比べながら勉強してくださいね インドでも世界中の大学院でもそうですが、 努力してもパーニニの脳みそをゲット出来ていない人々に共通することは、 スートラパータ無しに勉強しているということです。 スートラパータ...
  • エーカーダシー・カレンダー 2017年~2018年  - 新月/満月から数えて約11日目は、エーカーダシーと呼ばれる日で、 ファスティングして心を清めるのに良い日とされています。 こちらをご参考に: エーカーダシーとは エーカーダシーをするときは、サンカルパが大事です。 心も身体も清潔に、モウナムを心がけて、 チャンティングやジャパなどをして過ごしましょう。 ...
  • 質問11: ベジタリアンになって栄養失調になった人の話を聞きます。 - そのような例がブログで紹介されていたりしますが、 オルトレキシアの良い例のようですね。 オルトレキシアとは、 ”極端もしくは過度な先入観によって引き起こされる摂食障害や精神障害” (Wikipediaより) 世界で何億人という人が、何世代も、肉や魚を食べずに、 健康で楽しく生きている現実を無視して、 ほん...
  • 新刊『サンスクリットの祈りの詩節集』 を発刊しました - [image: http://amzn.to/2dG8big] 本日10月11日のヴィジャヤ・ダシャミーという吉日に、 新刊『サンスクリットの祈りの詩節集』 のKindle版を発刊し、 紙の書籍版『サンスクリットの祈りの詩節集』(白黒・カラー)の入稿を済ませました。 音源はこちらからダウンロードできます。 ...
  • 6th Chapter 20th Sloka - *यत्रोपरमते चित्तं निरुद्धं योगसेवया ।* *यत्र चैवात्मनात्मानं पश्यन्नात्मनि तुष्यति* *॥**६.२०**॥* yatroparamate cittaṃ niruddhaṃ yogasevayā | yatra caivātm...
  • 神々を身近に感じる生き方、ヒンドゥイズム - 広大なインドの、どの地域のどの村でも、 ヴェーダの伝統が残る場所に行って、 そこなへんにいるおじさんやおばさんに、 「神様はどこにいますか?」 という質問をしたならば、 必ず驚いてキョトンとした顔をされるでしょう。 なぜなら、 「ここにある全ては神様(バガヴァーン)」 なのですから。 神様のい...
  • シュローカ19 ブランマンの定義に対する反論: - ブランマンの定義に対する反論: न युक्तं भूतयोनित्वंसाधनान्तरवर्जनात् । एकस्माच्चेतनाद्भूरिजडानामप्यसम्भवात् ॥१९॥ na yuktaṃ bhūtayonitvaṃ sādhanāntaravarjanāt | ekasmācce...

人気の投稿(過去30日間)